2024.09.03

内視鏡下甲状腺手術(VANS法) (ないしきょうかこうじょうせんしゅじゅつ(ばんすほう))

  • バセドウ病
  • 手術
  • 甲状腺がん
  • 甲状腺の病気の治療

内視鏡下甲状腺手術(VANS法)とは

内視鏡下甲状腺手術は、内視鏡を用い、首以外の目立たない場所を小さく切開して、病巣部を摘出する手術です。2023年5月より、当院でも導入し、これまで(2024年8月末時点)に58例を実施しています。

甲状腺の疾患に対して、従来から行われている前頸部(首の前側)を切開する開創手術は、比較的目につきやすい頸部に手術痕が残ります。首のしわに沿って切開し、形成外科などで行われる縫合と同じ方法を用いれば、傷はほとんどの場合目立たなくなりますが、若年層(~30歳代)や、ふくよかな体形・胸のふくらみの大きな方などは、手術痕が目立ってしまうことがあります。

また、甲状腺疾患は女性に多いこともあり、手術痕が精神的な負担になったり、整容性(手術によるがんの除去などが原因で起こる身体的な変形に対し、見た目を整えた状態)の面で手術に踏みきれない要因となったりしていました。

一方で、内視鏡下甲状腺手術では、首以外の場所を小さく切開するため、洋服などで隠しやすい、またそもそも手術痕自体が小さく目立たないという大きなメリットがあります。

内視鏡下甲状腺手術は、2016年から保険診療に

2000年頃から胸部や腹部など多くの臓器では、内視鏡下手術が保険診療として行われるようになりましたが、甲状腺手術では、内視鏡下手術の本来の目的である「侵襲(手術などにより身体を傷つけること)が少なく、術後の回復が早い」という最も大きなメリットを他の臓器の手術に比べてあまり享受できず、主に傷の整容性が最大の目的となることから、保険診療となるのが遅れていました。

しかし、内視鏡下甲状腺手術の普及に尽力されてきた先生方、および日本内分泌外科学会の働きかけによって、2016年に良性腫瘍やバセドウ病で、2018年には悪性腫瘍で、保険診療が認められました。

また、2020年4月には内視鏡下甲状腺手術に必須の2つの器械(術中神経刺激モニタリング装置と超音波凝固切開装置)の使用も保険診療で認められました。

ただし、保険診療として内視鏡下甲状腺手術を受けるためには、厳しい条件をクリアした認定施設の医療機関にかかる必要があります。その条件とは、外科、内分泌外科、耳鼻咽喉(いんこう)科、頭頸(とうけい)部外科のいずれかの診療科の経験年数が10年以上あり、かつ当該手術の執刀医としての経験症例数が5例以上の常勤医が在籍すること、そして、緊急手術に対応できること、などです。

当院でも、上記要件を満たし、2023年5月から内視鏡下甲状腺手術の診療を開始しています。

VANS法(Video Assisted Neck Surgery法)とは

内視鏡下甲状腺手術における皮膚切開の位置は、鎖骨下アプローチ、前胸部アプローチ、腋窩アプローチ、乳輪アプローチ、口腔アプローチ等 、複数のアプローチ方法があり、それぞれのアプローチ方法に特徴があります。
 

隈病院で行う内視鏡下甲状腺手術(VANS法)

当院では、鎖骨下アプローチを採用しています。
  1. 手術側の鎖骨真ん中付近のすぐ下あたりを35mm程度、皮膚切開し、そこから器械で皮膚を持ち上げます。
  2. 側頸部に5mmほどの小さな皮膚切開を行い、内視鏡を挿入します。モニターで術野を観察しながら手術を行います(下図)。


創(切開する箇所)が小さいうえに、通常の着衣によって隠れる位置のため、整容性を大きく損なわずに手術が可能です。

内視鏡下甲状腺手術(VANS法)の特徴

① 内視鏡下甲状腺手術(VANS法)の長所

頸部(首)に手術痕が残らない
側頸部の5mmの切開線は、手術痕としてわからないくらいきれいに治ることが多いです。鎖骨下の手術痕は、襟元が開いた衣服でも隠れます。

また、VANS法(鎖骨下アプローチ)は内視鏡下甲状腺手術のアプローチ方法の中で、最も甲状腺から近い位置より手術を行う方法です。

このため、甲状腺に到達するまでの皮下剥離範囲が比較的狭く、皮膚剥離による知覚異常を起こす範囲が狭くなるとともに、創部から開創手術用の手術器械も使用可能であり、 鎖骨下の創から甲状腺まで、執刀医の指も届くため、万一の出血などに対する処置も容易です。

② 内視鏡下甲状腺手術(VANS法)の短所

内視鏡下甲状腺手術に適応する疾患・症状が限られる
頸部には、甲状腺だけでなく、声を司る重要な神経や血管が集まっており、これらに、直接あらゆる角度からアプローチ可能な開創手術と比較すると、内視鏡下甲状腺手術では、アプローチする方法、角度などがどうしても制限されてしまいます。

このため、内視鏡下甲状腺手術の適応となる疾患や病状は、開創手術と比較すると限定されます。

手術時間が長い
一般に、手術時間も開創手術よりは1.5倍から2倍くらい長くかかるとされています。

また、開創手術では前頸部のみ皮下剥離を行うのに対し、VANS法では鎖骨下から前頸部まで皮下剥離が必要となります。そのため、術後に鎖骨下から前頸部の違和感(硬い、つっぱる等)や知覚鈍麻(しびれ感)が生じやすい傾向にあります。しかし数ヶ月程度で解消していくことがほとんどです。

内視鏡下甲状腺手術を施行できる疾患

当院で内視鏡下甲状腺手術が適応する術式や症状は、おおよそ以下の通りです。

【手術術式】
  • 甲状腺片葉切除術
    (甲状腺は一つの臓器ですが、その半分を切除する方法です。現在のところ、甲状腺全摘術には対応しておりません。)
  • 副甲状腺腫摘出術

【適応疾患およびその症状】
  • 良性腫瘍:腫瘍最大径5㎝以下
  • 悪性腫瘍:腫瘍最大径2㎝以下で周囲組織の巻き込みがなく、リンパ節に転移がない場合
  • 原発性副甲状腺機能亢進症:摘出腺が一つで複雑な手技が必要ない場合

技術的な難易度がやや高いため、全ての甲状腺手術に適応があるわけではありません。内視鏡手術も施行可能と考えられる方には、担当医より内視鏡手術と開創手術、両方の選択肢を提示しています。

内視鏡下甲状腺手術は頸部に手術痕がほとんど残らない画期的な手術方法です。
これにより、術後の心理的負担が大きく軽減されることが期待できます。
今後も手術手技の進歩をとおして、患者の皆様により良い医療を提供していきたいと考えております。

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