インタビュー

国際的な活動の原動力は、尽きることない甲状腺への興味

大阪大学の医局を離れて自らの意思で隈病院へ

1987年に大阪大学医学部を卒業後、同大学の旧第二外科学講座に入局し、一般外科医としての研修を行いました。前期研修後に大学院に進学して研究中心の生活を送り、課程修了後は関連病院で一般外科の臨床に従事する傍ら、研究生として大学での研究も並行して続けていました。
そうこうするうちに“何か自分の専門を持ちたい”という思いを強く持つようになりました。では何を専門にしようかと考えたとき、大学院時代は基礎研究とはいえ乳腺・甲状腺グループに所属していたことと、もともと甲状腺は興味のある分野だったことから“甲状腺”がまず頭に浮かびました。そして「1つの専門分野を学ぶのであれば、やはり専門病院へ行こう」と考えた私は、第二外科の医局を離れることを決意します。そして2001年、隈病院に入職しました。入職当初は1年ごとの契約のはずでしたが、2020年現在まで19年間、隈病院に在籍していることになります。
当時医師が医局を抜けることは医局人事から外れること、つまり以後の就職先を自分で探さなくてはならないことを意味しますから、やはり非常に勇気がいりました。しかしこの19年間を振り返ってみて、その決断は間違いではなかったと思っています。
 

隈病院との最初の関わりは大学院時代の非常勤

隈病院への正式な入職は2001年ですが、実は大学院時代から非常勤で手術の麻酔を担当していたので、病院とのお付き合い自体はもっと昔からということになります。その中で先輩医師の手術を見学させていただきながら、“甲状腺の手術は面白そうだ”と感じたことを今でも覚えています。
元々一般外科医としてのキャリアはある程度あったとはいえ、入職時は手術を含めて甲状腺の臨床経験はほぼゼロでした。そのため、当時すでに40歳を過ぎていましたが、入職後は基礎から甲状腺を猛勉強する日々でした。

世界を舞台にした取り組み

国際学会でのプレゼンがターニングポイントに

2004年にスウェーデンのウプサラで行われた国際内分泌外科学会に参加したことが、私の大きなターニングポイントだったかもしれません。その学会で、甲状腺微小癌の経過観察をテーマにプレゼンテーションを行いました。国際学会で口演による発表を行うことは初めてだったので、今から思うと英語も含めて拙いプレゼンテーションだったと思います。しかし、この発表である程度世界的に認めていただいたことが、それ以降も研究を続ける原動力になったと思っています。この学会は2年に一度開催されますが、2020年現在に至るまで毎回出席し、全ての回で口演の演者やシンポジストになっています。今後も積極的に海外講演や国際学会に参加していきたいと考えています。

国際学会では“分かりやすいスライド作り”を意識

国際学会で活動するにあたり意識していることは、発表スライドをできるだけ分かりやすい内容にすることです。英語が共通言語となる国際学会では、書き込みが多い資料を使うと、本当に伝えたい意味が上手く伝わらないことがあります。ですから、誰が見ても分かりやすいスライドを作成するよう意識しています。

研究への取り組み――後輩医師の研究・論文執筆指導も

2017年頃からは外科手術をほかの先生方に任せ、外来診療と研究活動および、後輩医師の研究指導などに注力しています。隈病院にいる若手の先生方は皆さん研究熱心で、各々がありとあらゆるテーマを題材に選び、積極的に研究を進めてくれています。

論文指導のポイントは“分かりやすく書く”

隈病院では若手医師が書いた甲状腺癌についての論文の多くはまず私がチェックし、その後で院長の宮内 昭(みやうち あきら)先生がチェックするというダブルチェックのフローが構築されています。
論文指導をするなかでもっとも重視していることは、国際学会におけるプレゼンテーションと共通して“分かりやすく書くこと”です。本当に大事な言葉だけを厳選して読み手の頭に入りやすい文章を書く工夫をしなければ、論文の真意が伝わりにくくなるだけでなく、最悪の場合は論文を読んでさえもらえなくなってしまうからです。そのため論文指導をする際は添削ツールなども用いながら、どうすれば分かりやすい簡潔な文章になるのかといったアドバイスを行っています。
 

自発的な研究テーマの発見を促すために細かい指導はしない

指導医側から隈病院内のデータベースを提示したり、必要な情報を提供したりすることもありますが、原則的には自分自身が研究してみたいテーマを申告してもらっています。
日々臨床を行っていると、“これはいったいどういうことなのか”という疑問がたくさん出てくるはずです。そういった日々の些細な疑問をそのままにせず拾い集めて、幅広く興味を持ち、自発的に研究の題材へとつなげて取り組んでもらいたいと考えます。
 
もちろん、指導医がもっと細かく指示を出すこともできますし、あらかじめ細かくテーマを設定してそれを提示することもできるのですが、教えられたことをそのまま論文にしても本人の成長につながらないと思うので、あまりそういった指導はしていません。
 
なお、以前から進めていた症例のデータベースの整備がもう間もなく終了する予定です。データベースの整備が完了したら、よりいっそう幅広い研究や臨床にチャレンジする環境ができるでしょう。ぜひ、若手の先生には自発的にさまざまな挑戦をしてほしいと思っていますし、私もアドバイスできることがあれば、進んで相談に乗りたいと考えます。
 

伊藤 康弘先生が甲状腺医療にかける思い

原動力は、尽きることない甲状腺への興味

私はいつでも、興味を持ったことに対する“本当のことを解明したい”という好奇心を、研究や臨床への原動力にしてきました。研究・臨床のどちらも、興味がなければ継続することは難しいでしょう。ですから、今もその考えを大事にしています。

甲状腺は、分からないことばかりだから面白い

甲状腺疾患とは不思議な領域で、これまでにさまざまな研究が行われてきたにもかかわらず、まだまだ分かっていないことがたくさんあります。たとえば、最初はおとなしい分化癌だったものがある日突然豹変しておそろしい未分化癌に変化するなど、大変不思議な性質を持つのが甲状腺癌です。甲状腺未分化癌は固形癌の中でも悪性度が高いことが特徴で、それがおとなしい分化癌からどういうきっかけで、そしてどういうメカニズムで発生するのかは2020年現在でも、詳しくは分かっていません。そのほかにも良性と悪性の区別が難解なタイプがあるなど、甲状腺癌にはこれから解明しなければならないことが多数残されています。分かっていないことが多いからこそ、甲状腺という領域は面白いのでしょう。私はこれからもさらなる研究活動を通して、甲状腺の解明に力を注いでいきたいと思います。
 

このインタビューのドクター

外科

治験臨床試験管理科科長、外科医長
伊藤 康弘医師

大阪大学医学部を卒業後、旧第二外科学教室へ入局して一般外科医としてのキャリアをスタートさせる。その後は同大学大学院や関連病院にて研究および一般外科の臨床に尽力するが、何かひとつの専門分野を持ちたいという思いを抱き、2001年に大学医局を離れて隈病院に入職。以降は甲状腺外科医として精力的に活動し、海外での研究論文発表も積極的に行う。2020年現在は治験臨床試験管理科科長/外科医長として後進の育成指導にも取り組んでいる。

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